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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)6280号 判決 1996年2月15日

原告

中田善則

右訴訟代理人弁護士

吉野和昭

被告

株式会社レイク

右代表者代表取締役

谷口龍彦

右訴訟代理人弁護士

平田薫

被告

株式会社島田画廊

右代表者代表取締役

島田恭次

右訴訟代理人弁護士

村上充昭

主文

一  原告と被告ら間の大阪地方裁判所平成四年(手ワ)第三七八号約束手形金請求事件につき同裁判所が平成四年七月二四日に言い渡した手形判決を取り消す。

二  原告の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告らは、原告に対し、各自六億円及びこれに対する平成四年六月四日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告の約束手形二通の手形金及びこれに対する満期日の翌日から支払い済みまでの利息の支払請求を全部認容した手形判決に対して、被告らから適法な異議の申立てがあった事件である。

一  請求原因

1  原告は、次の内容の約束手形二通(以下「本件各手形」という。)を所持している(原告が甲一号証の1・2を提出したことにより認められる。)。

(1) 手形番号AS二八六六一九(以下「本件(1)手形」という。)

金額 三億円

満期 平成四年六月三日

支払地及び振出地 大阪市

支払場所 株式会社第一勧業銀行船場支店

振出日 平成四年四月三日

振出人 株式会社レイク

受取人及び第一裏書人 株式会社島田画廊 第一被裏書人 白地

第二裏書人 樋上順一 第二被裏書人 白地

第三裏書人 イワヲ土地建物株式会社 第三被裏書人 白地

第四裏書人 中田善則 第四被裏書人 白地 (第四裏書欄抹消済み)

(2) 手形番号AS二八六六二三(以下「本件(2)手形」という。)

第二裏書人 株式会社ニチド 第二被裏書人 白地

その余の記載事項は(1)に同じ

2  被告株式会社レイク(以下「被告レイク」という。)は、右各手形を振り出した(原告と被告レイクとの間で争いがない。)。

3  被告株式会社島田画廊(以下「被告島田画廊」という。)は、拒絶証書の作成を免除して、右各手形に裏書した(原告と被告島田画廊との間で争いがない。)。

4  原告は、右各手形をいずれも満期日に支払のため支払場所で呈示したが、支払を拒絶された(呈示者が原告であることは弁論の全趣旨により成立の認められる甲一号証の1・2の各付箋部分及び原告本人尋問の結果により成立の認められる甲四号証により認められ、その余は当事者間に争いがない。)。

よって、原告は、被告ら各自に対し、手形金及びこれに対する満期日の翌日から支払い済みまで手形法所定の年六分の割合による金員の支払を求める。

二  争点

1  被告レイクの主張(権利濫用の抗弁)

(一) 被告レイクは、同島田画廊と絵画取引を通じて取引関係にあったところ、同島田画廊の依頼に応じて本件各手形を含む約束手形一七通(券面額合計四五億円)を振出し、被告島田画廊に交付した。

被告島田画廊は、右各手形で株式投資を行うこととし、平成四年四月二日、訴外株式会社ニチド(以下「ニチド」という。)、訴外ハトキン開発株式会社(以下「ハトキン」という。)及び訴外樋上順一(以下「樋上」という。)との間でそれぞれ次の内容の株式買い付け委託契約を締結した。

(1) 訴外ニチド、同ハトキン及び同樋上(以下三者を「ニチドら」ということがある。)は、購入売却する株式の銘柄、数量、単価、時期、委託証券会社等全ての取引内容につき、被告島田画廊の指示に従う。

(2) 被告島田画廊の指示に基づき訴外ニチドらの名義で行われた株式購入売却の損益は全て被告島田画廊に帰属する(すなわち被告島田画廊の計算において行われる。)。

(3) 購入株券は、全て証券会社の保護預りとし、訴外ニチドらが証券会社から受領した有価証券預かり証は直ちに被告島田画廊に引き渡す。

(4) 被告島田画廊は、訴外ニチドらに対して、株式投資から得た純利益の五パーセントを手数料として支払う。

(二) 被告島田画廊は、平成四年四月三日、株式買い付け資金を預託する趣旨で、前記各手形のうち、訴外ニチドに対して四通(額面三億円三通、額面一億円一通)、訴外ハトキンに対して六通(額面三憶円二通、額面一億円四通)、訴外樋上に対して四通(額面三億円三通、額面一億円一通)の合計一四通(額面合計三〇億円、本件各手形を含む。)をそれぞれ裏書交付した。

(三) 被告島田画廊は、平成四年四月一一日、訴外ニチド、同ハトキン及び同樋上に対し、それぞれが、買い付け日を同月一三日とし、証券会社を山一証券梅田支店、高木証券本社及び今川証券本社として、三菱電機株、新日本製鉄株及び日本郵船株を各一億円で買い付けできる数まで、日本カーボン株及びクラリオン株を各二億五〇〇〇万円で買い付けできる数まで、いずれも成り行き値で購入するように指示した。

訴外ニチドらは、被告島田画廊の右指示に従わなかった。

(四) 被告島田画廊は、平成四年四月一五日、訴外ニチドらに対し、前記株式買い付け委託契約を債務不履行により解除して、前記の本件各手形を含む一四通の約束手形の返還を求めたが、訴外ニチドらはこれに応じることなく、その後の返還請求にも応じなかった。

(五) 訴外ニチドらは、被告島田画廊による裏書の原因関係である前記株式買い付け委託契約が解除され消滅した結果、本件各手形を被告島田画廊に返還すべきであった。にもかかわらず、訴外ニチドらが自己の形式的権利を利用して振出人である被告レイクに手形金の支払を求めることは、権利の濫用に該当し許されない(権利濫用の抗弁)。

(六) 本件(1)手形の訴外樋上及び同イワヲ土地建物株式会社による各白地式裏書と本件(2)手形の訴外ニチド及び同イワヲ土地建物株式会社による各白地式裏書はいずれも隠れた取立委任裏書である。

したがって、被告レイクは、訴外樋上及び同ニチドに対する前記権利濫用の抗弁を原告に対しても対抗できる。

2  被告島田画廊の主張(原因関係消滅の抗弁)

(一) 前記1(一)ないし(四)と同じ

(二) 訴外ニチドらは、被告島田画廊による裏書の原因関係である前記株式買い付け委託契約が解除され消滅した結果、被告島田画廊に手形金の支払を求めることはできない(原因関係消滅の抗弁)。

(三) 前記1(六)と同じ

したがって、被告島田画廊は、訴外樋上及び同ニチドに対する原因関係消滅の抗弁を原告に対しても対抗できる。

3  被告レイク及び同島田画廊の主張(信託法一一条違反―訴訟信託)

訴外樋上が、同人及び訴外イワヲ土地建物株式会社による各白地式裏書のある本件(1)手形と訴外ニチド及び同イワヲ土地建物株式会社による各白地式裏書のある本件(2)手形とを原告に交付したのは、被告レイクから前記権利濫用の抗弁を、被告島田画廊から前記原因関係消滅の抗弁をそれぞれ対抗されることを回避するため、原告に訴訟行為をさせることを主目的としてされたものであるから、信託法一一条に違反した無効の譲渡行為であり、原告は、本件各手形上の権利を取得することができない。

4  原告の認否及び主張

(一) 原告の認否

(1) 1(一)ないし(四)の事実は不知、同(五)は争い、同(六)の事実は否認する。

(2) 2(一)の事実は不知、同(二)は争い、同(三)の事実は否認する。

(3) 3の事実は否認ないし争う。

(二) 原告の主張

(1) 貸付までの経緯

原告は、平成四年九月までは、訴外株式会社難波工務店の代表取締役を、以後は取締役をしていたもので、個人的に株式取引をしていた。

被告レイクの現会長である浜田武雄は、訴外葉山敏夫のグループと組み仕手戦を展開したが巨額の損失を生じさせたので、その穴埋めのため右葉山から旧誠備グループの訴外加藤暠の紹介を受け、同人と平成二年五月から日本カーボン株とクラリオン株の仕手戦を展開した。その際、訴外加藤暠は、被告レイクから後に資金が融資されると言って、顧客に自己資金で被告レイクによる買い付け時期、銘柄、数の指示に従って指定した株を購入させた。

原告は、平成三年春、被告レイクとともに仕手戦を仕掛けていた訴外加藤暠と知り合い、同人から数千億円をいつでも動かせる被告レイクの当時の浜田社長がついているので仕手戦に参加するように誘われ、これを信じて、昭和五七年以来の付き合いがある訴外樋上を誘い、両名で参加した。なお、訴外ニチド及び同ハトキンもこの時期に同樋上とともに右加藤の同様の誘いに乗り仕手戦に参加した。もっとも、原告は、平成三年秋、多額の損失を出して株式取引を止めた。

しかし、訴外加藤暠の指示により購入した株の株価は下がる一方になり、訴外ニチドらは数十億円にも上る損失を出したため、右加藤の窓口である訴外奥迫開三(以下「奥迫」という。)に対し、被告レイクとの間の株の購入に関する明確な契約の締結と保証を求めた。

被告レイクは訴外ニチドらに三〇億円の株式買い付け資金を提供し、訴外ニチドらは同被告が指示する株を買い付けることにした。訴外ニチドらは、平成四年四月二日、初めて被告島田画廊と会い、同被告から被告レイクとの取引では支障があるので、被告島田画廊をダミーとして同被告との間で株式買い付け契約を締結するようにとの申出を受けたが、資金として現金が用意されていなかったため拒絶した。翌平成四年四月三日、被告レイク振出しの本件各手形を含む手形一七通(券面額合計四五億円)が用意されたが、手形では株式の購入ができないので、訴外ニチドらが自己資金で買い付けて、手形は株式取引精算時の保証ということで受領した。なお、この際、被告らは手形を資金化することも承諾していた。その後、訴外ニチドらは、被告らの指示に従いクラリオン株、日本カーボン株を買ったが、下落する一方なので買い付けを止めた。

(2) 貸付の内容(本件各手形の原因関係)

(原告の平成四年一一月二七日付け準備書面による主張―後に訂正)

① 原告は、平成四年四月二二日、訴外イワヲ土地建物株式会社を介して、訴外樋上に対し、三億円を弁済期を同年六月三日として貸与し、本件(1)手形を取得した。

② 原告は、平成四年五月八日、訴外イワヲ土地建物株式会社を介して、訴外ニチドに対し、三億円を弁済期を同年六月三日として貸与し、本件(2)手形を取得した。

(原告の平成五年二月一〇日付け準備書面による主張―後に訂正)

③ 原告は、前記(1)の経緯で本件各手形を取得した訴外樋上から株式取引の資金を得るとして手形貸付を求められた。

原告は、訴外樋上に対して、平成四年四月二二日に本件(1)手形について、同年五月八日に本件(2)手形について、各三億円計六億円を、いずれも弁済期を同年六月三日、利息は年一割五分の天引きにして貸与して、本件各手形を取得した。

④ なお、原告は、その際、訴外樋上と昵懇の間柄であり、同人とホテルを共同経営している訴外米倉巌が代表取締役を務める訴外イワヲ土地建物株式会社について、五〇億円を超える資産があり、収益も相当であると聞き及んでいたことから、同社に本件各手形上に裏書保証してくれるように求めて、訴外樋上を介してこれを得た。

また、原告は、本件(2)手形の裏書人である訴外ニチドの代表取締役である訴外上嶋稔とは昭和六三年以来の知り合いである。

(原告の平成六年六月一五日付け準備書面による主張)

⑤ 手形貸付の時期は、平成四年四月二八日と同年五月八日に訂正する。

(3) 貸付金の調達

(原告の平成五年二月一〇日付け準備書面による主張)

① 原告は、貸付金をそれぞれの貸付時である平成四年四月二二日と同年五月八日に、訴外株式会社難波工務店の代表取締役である訴外山内勝美(以下「山内」という)から調達した。これらの金員は、住友銀行伊丹支店の訴外株式会社ジャパン名義の普通預金口座から、平成四年四月二〇日、同月二七日及び同月三〇日に出金している。

(原告の平成六年六月一五日付け準備書面による主張)

② 貸付の時期は、平成四年四月二八日と同年五月八日に訂正する。

5  被告らの反論

(一) 以下の理由から明らかなとおり、原告の主張(4(二)(2))するような本件各手形取得の原因関係となる金員の貸付は存在しないのであって、訴外樋上、同ニチド及び同イワヲ土地建物株式会社による本件各手形上の白地式裏書は、訴訟信託を目的とする隠れた取立て委任裏書である。

(1) 通常はまず、手形交付の原因関係である金銭消費貸借契約の借主及びその保証人に対して請求するのに、原告は被告らに対して請求するのみで、手形上の債務者にもなっている右借主及び保証人である訴外樋上、同ニチド及び同イワヲ土地建物株式会社に対しては訴えを提起してその支払いを請求していない。

(2) 被告レイクは、資本金約三九億円の消費者金融の大手四社の一つであり、額面三億円の約束手形二通を流通させることは稀なことである。そうすると、右手形を担保として金員の貸付を行うことは正常な経済取引の範囲外であるから、貸し付ける側の原告はその流通経路について相応の調査をすべきであり、調査すれば被告島田画廊と訴外ニチドらとの間の紛争を知り、貸付は行われなかった。原告が、右のような調査をしていないのは不自然である。

(二) 原告の主張(4(二)(3))する貸金の調達は、本件とは無関係なものである。

6  原告の再反論

(一) 原告は、本件貸付の実質的借主である訴外樋上を誘って仕手戦に参加させ、多額の損失を被らせており(4(二)(1))、平成三年秋に仕手戦から手を引いたときには、訴外樋上から借り入れた資金は三億円に達していた。原告は、訴外樋上に対して、このような道義的な借りがあったので、貸し付けもしたし、本件各手形が不渡りになっても、原告の金主である訴外山内から原告に資金の返済の催促を受けようとも、訴外樋上からの懇請を入れて訴外イワヲ土地建物株式会社や同上嶋に対する請求を断念せざるをえなかった。また、訴外山内に対して、借主原告、連帯保証人訴外樋上とする公正証書を作成交付しており、訴外樋上、同ニチド及び同イワヲ土地建物株式会社は支払拒絶することなく支払確約書を取得したので、これらの者に対しては訴訟を起こすまでもない。原告は、訴外樋上から取りあえず被告レイクから六億円を回収するように要請されたので、本件訴訟を提起した。

(二) 原告は、被告レイクが自ら主張(5(一)(2))するように同被告が消費者金融会社の大手であることから、同被告に絶大な信用を置いて手形貸付を実行したのである。

貸付に際しては、本件各手形それぞれについて、被告レイク発行の手形振出確認書(甲二号証の1・2)を取得し、かつ原告の取引銀行である訴外株式会社幸幅銀行九条支店を通じて二度にわたり信用調査をして、六億円程度の手形の決済に問題がないとの回答を得たうえで貸付の実行をしている。

第三  争点に対する判断

一  訴外ニチドらと被告島田画廊との間の株式買い付け委託契約の締結と右契約に基づく株式買い付け指示の不履行(争点1(一)ないし(四)、2(一))について

1  乙一ないし一六号証(枝番号を含む。)、同三〇号証の1・2、同七八ないし一〇三号証(枝番号を含む。)、同一〇七号証及び同一〇八号証並びに被告株式会社島田画廊代表者尋問によれば以下の事実が認められる。

被告島田画廊の代表取締役である訴外島田恭次は、訴外加藤暠から同奥迫の紹介を受け、同訴外人から紹介された訴外ニチドら各自との間で、平成四年四月二日、次の内容の株式買い付け委託契約を締結し、契約書を作成した。

① 受託者(訴外ニチドら各自)は、自己の名で、委託者(被告島田画廊)の計算で株式売買を行う。

② 売買する株式の銘柄、数量、単価、時期、委託証券会社等の全ての取引内容は委託者の受託者に対する指示による。

③ 受託者が証券会社から受領した有価証券預かり証は直ちに委託者に引き渡す。

④ 委託者は受託者に株式売買から得た純利益の五パーセントを手数料として支払う。

⑤ 株式投資の限度額は、一〇億円とする。

⑥ 契約期間は一年間とする。

被告島田画廊は、同月三日、訴外ニチドら各自に対し、買い付け資金預託の趣旨で各一〇億円を交付することとし、被告レイク振出の約束手形一四通(券面額合計三〇億円、本件各手形を含む。)を訴外ニチドらに裏書譲渡すると、同月六日、訴外ニチドらに対し、それぞれクラリオン株一〇〇万株を買い付ける旨指示したが、同訴外人らはこれに従わなかった。

そこで、被告島田画廊が、平成四年四月一一日、内容証明郵便により、買い付け日を同月一三日とし、証券会社を山一証券梅田支店、高木証券梅田支店及び今川証券本社として、三菱電機株、新日本製鉄株及び日本郵船株を各一億円で買い付けできる数まで、日本カーボン株及びクラリオン株を各二億五〇〇〇万円で買い付けできる数まで、いずれも成り行き値で買い付けるように再度買い付け指示をしたところ、訴外ニチドらの代理人青野秀治弁護士は、同月一四日発送の書面で、訴外ニチドらが被告島田画廊からそれぞれ交付を受けた券面額合計一〇億円の約束手形は既に購入済みの株式代金元本の担保として受領したので(ただし、訴外ハトキンについては、その代表取締役である訴外加藤雅之が購入した株式代金の元本の担保として受領したので)、右買い付け注文には応じられない旨回答してきた。

被告島田画廊は、平成四年四月一五日、訴外ニチドらに対し、前記株式買い付け委託契約を解除する旨の意思表示をし、本件各手形の返還を求め、その後訴外ニチド及び同ハトキンに対しては同月一七日に、訴外樋上に対しては同月一八日に再度返還を求めた。

2  なお、原告は、右株式買い付け委託契約の締結を否定するので検討する。

まず、前掲各証拠によれば、被告島田画廊の代表取締役である訴外島田恭次は、平成三年一一月、訴外株式会社浪速相互信販の代表取締役桐野英正の助言を受け、訴外加藤暠の紹介する投資家に委託して株式投資をすることとし、訴外ニチドらに対して前記契約書を交付するのに先立つ同月一一日、右加藤に紹介された訴外久保田英嗣との間で、右認定と同内容の株式買い付け委託契約を締結し(ただし、株式投資の限度額は、五億円とする。)、訴外ニチドらとの間で交わされたのと同一文言により表現された契約書を作成したこと、その後、被告島田画廊は、訴外久保田英嗣に対し、株式買い付け資金を預託し、日本カーボン株とクラリオン株の買い付けを指示したところ、同訴外人は、指示に従って株を買い付け、被告島田画廊に有価証券預かり証を渡したこと、被告島田画廊は、同様に紹介を受けた訴外埼玉ハウジング株式会社、同広田健一及び同株式会社オザワとの間でそれぞれ同内容の株式買い付け委託契約(ただし、訴外広田健一については限度額を一〇億円とする。)を締結し、同様の契約書を作成して、株式買い付け資金を預託し、日本カーボン株ないしクラリオン株の買い付けを指示したところ、右各訴外人はそれぞれ指示に従って株を買い付け、被告島田画廊に有価証券預かり証を渡したこと、被告島田画廊は、取得した有価証券預かり証をいずれも株券に引き換えたことがそれぞれ認められるから、その後に被告島田画廊と訴外ニチドら各自との間で交わされた前記契約書についても、そこに記載されたとおりの内容の合意が存在したと推認するのが合理的である。

また、原告の主張するように(争点4(一)(1))、仮に、被告レイクが訴外加藤暠とともに仕手戦を仕掛け、右訴外人の勧誘を受けてこれに参加した訴外ニチドらが、購入した株価の下落により数十億円の損失を被り、被告レイクとの間で株式の購入に関する明確な契約の締結を求めた結果、結局、訴外ニチドらが自己資金で被告レイクの指示した株式を買い付けるが、本件各手形を含む一七通の約束手形は株式取引を精算する時の保証とすることとし、右手形を資金化することもありうる旨合意して、右合意に基づきこれらの手形を受領したというのであれば、この合意の存在を明らかにする書面が作成されてしかるべきなのに、かような書面の存在を窺わせるような事実は本件全証拠によっても全く認められず、しかも、現に交わされた契約書には、本件各手形を株式取引の精算時の保証とする趣旨を示すような文言は全く見当たらない。そのうえ、わざわざ虚偽の内容の契約書を作成したことについては、何ら合理的理由が認められない。他方、交付された約束手形の授受の当事者、額面総額は、契約書に記載された株式買い付け委託契約の内容と一致している。そうすると、原告の主張する右合意は存在しないと認められ、やはり、前記契約書の記載どおりの内容の合意があったと推認すべきである。

二  訴外ニチドらに対する、被告島田画廊の原因関係消滅の抗弁(争点2(二))及び被告レイクの権利濫用の抗弁(争点1(五))の成否について

前記認定のとおりであるから、訴外ニチドらは、本件各手形の裏書の原因関係である株式買い付け委託契約が解除により消滅した結果、被告島田画廊に対し、本件各手形を返還すべき義務を負っており、被告島田画廊は、訴外ニチドらの手形金請求に対して、原因関係消滅の抗弁を主張して、その請求を拒むことができる。また、訴外ニチドらは、原因関係が消滅した結果、本件各手形を保持すべき正当な権原を失い、権利行使の実質的理由も失っているから、被告レイクは、訴外ニチドらの手形金請求に対して、自己の形式的権利を利用して手形金請求をすることは権利の濫用にあたるとして、手形法一七条ただし書の趣旨に照らし、その請求を拒むことができる。

三  訴外樋上から原告に対する本件各手形の譲渡の効果について(争点3)―原告の主張する原因関係(争点4(二))の不存在

前記一1のとおり、平成四年四月中旬に、被告島田画廊が、訴外ニチドらに対して、株式買い付け委託契約を解除する旨の意思表示をしたうえで二度にわたって本件各手形の返還を求めたところ、訴外ニチドらは、弁護士に依頼し、被告島田画廊に対して、本件各手形を担保の趣旨で取得したので返還を拒絶する旨伝えたから、訴外ニチド及び同樋上はこの時点では被告島田画廊との間で本件各手形の帰属につき紛争状態に陥ったことを認識していたというべきである。このような場合、訴外樋上が、係争の直接の対象物となった本件各手形を手形貸付ないし手形割引を原因として事情を知らない第三者に交付するには、それ相応の事情を踏まえた原因関係が存在してしかるべきである。そこで、原告のこの点の主張につき検討する。

1  原告の主張する手形貸付の貸付日、借主及び訴外イワヲ土地建物株式会社の役割に関する主張の変遷について

原告は、本件各手形取得の原因関係にあたる手形貸付につき(争点4(二)(2))、平成四年一一月二七日付けの準備書面においては、借主を訴外樋上とする分は平成四年四月二二日に、借主を訴外ニチドとする分は同年五月八日に、いずれも訴外イワヲ土地建物株式会社を介して貸し付けたと主張していたが、平成五年二月一〇日付けの準備書面においては、借主は訴外樋上のみであり、訴外イワヲ土地建物株式会社は単なる仲介者ではなく保証のため裏書したと訂正し、さらに原告本人尋問における原告の貸付日は平成四年四月二八日と同年五月八日とする供述に従い、平成六年六月一五日付け準備書面においてその旨訂正している。

確かに、貸付日については平成五年二月一〇日の第五回口頭弁論期日に同日付けの準備書面とともに提出された書証中の甲七、八号証(委任状)の契約年月日を移記する際に誤記したものと解されなくはないが、誰を借主とするか、訴外イワヲ土地建物株式会社の貸付における位置づけは、原告が自ら訴訟手続を遂行するいわゆる本人訴訟ではなく訴訟代理人として弁護士に委任している以上、原告により真実貸付が行われたのであれば当初から容易に誤ることなく主張しうる事柄であるが、この点の主張の変遷については原告による合理的な説明に欠ける。

2  貸主である原告と借主である訴外樋上との間の貸借関係について

原告本人尋問の結果(第七、八回口頭弁論期日実施分)及び証人樋上順一の証言(第一一、一六回口頭弁論期日実施分)によれば、原告は、本件各手形を取得した平成四年四月ころ、訴外樋上及び同人の経営する会社より二ないし五年前から借り入れてきた借金の額が三億五、六千万円に達しており、元利ともに未返済であったことが認められる。

このような場合には、訴外樋上は原告に対して、まず右借金の返済を求めるのが通常であり、また、原告も仮に訴外樋上に資金の提供を求められたとしても手形貸付や手形割引に応ずることなく、まず右借金を返済するのが通常である。この点につき、原告は、訴外樋上を自ら仕手戦に誘い出し、多額の損失を被らせたことについての道義的責任があったので、手形貸付に応じたと主張するが(争点6(一))、原告が借金を返済せずに手形貸付に応じたことの説明になっていない。原告は本人尋問(第八回口頭弁論期日実施分)において、訴外樋上への資金提供を借金の返済ではなく、新たに手形貸付をすることにした理由を問われて、金がないから返済できないとの理解しがたい供述をしており、いずれにせよ合理的理由が認められない。

3  原告が貸し付ける際にした本件各手形の振出確認について

原告は、本件各手形により手形貸付をするにあたって、被告レイク発行の手形振出確認書を取得し、二度にわたり取引銀行である訴外株式会社幸福銀行九条支店を通じ同被告の信用調査をして問題がないとの回答を得たと主張するので(争点6(二))、これを検討する。

(一) 本件(1)手形の手形番号はAS二八六六一九であり(甲一号証の1)、本件(2)手形のそれはAS二八六六二三であるが(甲一号証の2)、原告が本件各手形の振出確認書として提出した「約束手形振出確認書」(甲二号証の1・2)の手形番号はAS二八六六一六とAS二八六六一七であるから、原告の主張どおりであるとすると本件各手形の手形番号とは異なる手形番号についての振出確認書により貸付を実行したことになる。原告は、右振出確認書の提出後に、本件各手形及び右振出確認書に対応する約束手形二通を含む一七通の約束手形についての被告レイク発行の振出確認書を提出したが(甲二〇号証)、これは別件手形金請求訴訟においても書証として提出されているものであり(乙四七号証)、その提出時期を踏まえるならば、原告がその主張する貸付時に示され取得したとは考えられないから、本件においては何ら意味のない文書である。

なお、原告は後になって(平成六年六月一五日付け準備書面)、振出確認書を確認した時は本件各手形に対応したものであったがその交付を受けた時には本件各手形の手形番号とは異なる約束手形の振出確認書であったと主張する。原告は本人尋問(第八回口頭弁論期日実施分)において、手形番号の不一致を指摘された際に、本件各手形が被告レイク振出であるから決済されると考え、振出確認書の金額と満期ぐらいしか見なかった旨明確に供述したうえで、約二か月後の原告本人尋問(第九回口頭弁論期日実施分)において、右供述と全く異なる新たな弁解を行っている(原告の右主張はこの新たな弁解に沿うものである。)。しかしながら、本件各手形の記載事項が第二裏書人欄の記載以外全く同一であるところ、甲二号証の1・2にはいずれにも裏書に関する記載がないから手形番号で区別するほかないこと、券面額が各三億円であることを考えれば、手形貸付を行う場合に振出を確認する以上は本件各手形が被告レイクにより振り出されたか否かを確かめなければ意味がないところ、交付を受ける書面に手形番号の記載がある以上は本件各手形の手形番号と記載された手形番号とが一致することを確認するのが合理的であることに照らすと、原告本人尋問(第八回口頭弁論期日実施分)における右供述は信用しがたく、また、この供述の後に何ら合理的説明もなくされた原告本人尋問(第九回口頭弁論期日実施分)における右供述が真実であるともにわかに信じがたい。したがって、原告が被告レイク発行の振出確認書(甲二号証の1・2)に信頼を置いて貸付を行ったとの主張には理由がない。

この点につき、訴外樋上は、本件各手形及びそれらに対応する振出確認書についてはともにコピーを原告に示し、原告はコピーで確認したと証言する(第一一回口頭弁論期日実施分)。しかし、訴外樋上の証言は、原告が一貫して原本で確認したとする供述内容と食い違うばかりか、原告が本件各手形とその振出確認書のコピーのみで六億円の貸付の準備を開始し、貸付の実行の日に初めて原本を受け取ったとする極めて不自然な内容であるから信用できない。

さらに、本件(2)手形についての振出確認書は別途存在し(乙三〇号証の2)、他方前記振出確認書(甲二号証の1・2)に対応する約束手形も別途存在すること(乙四六号証、乙三六号証)を考慮すれば、右各約束手形についても本件と同様の約束手形と振出確認書の手形番号の齟齬が生じていると思われるのに、本件訴訟において被告らから指摘されるまで、全く手形所持人間で気付く者がなく問題が生じなかったことも不自然である。

(二) 銀行に対する信用調査につき、原告は、その本人尋問において、訴外株式会社幸福銀行九条支店に対して何回信用調査をしたか及び同支店の担当者が具体的にどのように説明したかに関して極めて曖昧な供述に終始しており、原告主張の信用調査が行われたとは認めがたく、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

4  原告の貸金の調達について

(一) 原告は、貸金の調達について、前記争点4(二)(3)①のとおり訴外山内が、訴外株式会社ジャパン名義の普通預金口座から二回に分けて出金したと主張し、これに沿う証拠として、右準備書面を陳述した第五回口頭弁論期日に甲一〇、一一号証(預金通帳)を提出した。

しかしながら、訴外山内はその証人尋問において(第九、一〇回口頭弁論期日実施分)、右預金通帳からの支出を否定し、かつそのような説明を原告代理人等にしたことはないこと、同訴外人が経営する日用品雑貨等のディスカウントショップ「ジャパン」の仕入れ会社である「コンドルジャパン」(後の大同産業株式会社)の金庫から現金を出して貸し付けたこと、右金庫には常時仕入れ用の現金として五億円が用意してあったが、原告に六億円を一度に貸し付けると「コンドルジャパン」の仕入れに支障を生じるから三億円ずつ二度に分けて貸し付けたことを証言しており、また、原告はその本人尋問において、右山内の右預金通帳を含む資金調達の事情については一切知らなかったと供述していること、甲一〇、一一号証によれば、貸付のために五回にわたり端数のついた金額が引き出されたことになり、三億円ずつ二回にわたるとされている貸付の準備としては引き出した時期、額ともに整合するとは言いがたいことに照らすと、右普通預金口座から原告への貸し付け資金を出金した事実はなかったと認めることができる。

(二) そこで、訴外山内の原告に現金で合計六億円を交付したとの証言の真否を検討する。

通常会社の管理するこのような多額の現金については、銀行口座等を利用せずに現金による取引が行われていたとしても、少なくとも原告に対して貸し付けたとする時期に、訴外山内が自由に処分しても「コンドルジャパン」の経営に支障のない六億円の現金が存在したことは、帳簿、伝票等の文書により容易に証明ができるはずであり、右証言のされた平成五年一一月二五日から、わずか一年半程度前の右会社の経理内容が明らかにできないとは考えられない。

ところが、「コンドルジャパン」から仕入れた商品を販売する「ジャパン」の平成二年から同四年までの間の決算による利益が年に七〇〇〇万円余から二億五〇〇〇万円余であったことを示す乙第七四号証は提出されたものの、このような文書は平成七年九月五日の口頭弁論終結時まで一切提出されることはなかった。

また、仮に仕入れ資金として現金で五億円を金庫に常時保管しているとしても、平成四年四月二八日と同年五月八日に合計六億円を貸し付けたとすると、右貸し付け資金と商品の仕入れ資金として、常時保管されている五億円以外に現金を準備する必要があると思われるのに、その調達方法についても何ら説明がない。

さらに、訴外山内は、「コンドルジャパン」は「ジャパン」で販売するために仕入れた商品を通過させるための会社であったが、消費税導入により企業活動を停止した旨証言しているが(第一〇回口頭弁論期日実施分)、消費税制度が施行されたのは平成元年であるから、右訴外人が原告に貸し付けたとする平成四年には「コンドルジャパン」は既に企業活動を停止しており、商品の仕入れ用の資金を準備していたとは考えられない。

そうすると、訴外山内の右証言を信用することはできず、結局、他に右訴外人が原告に対し本件各手形による貸付の資金として現金六億円を準備したと認めるに足りる証拠もない。したがって、原告が、訴外樋上に貸し付ける合計六億円の資金を調達した事実はなかったと認めることができる。

5  貸し付けられた金員の移動について

原告は、訴外山内が貸金六億円が表に出るのを嫌っており、同樋上は株式取引の決済に充てるから現金であることが必要であり、現金で六億円が移動することは決して不自然なことではないと主張する。

この点、原告は、その本人尋問(第七回口頭弁論期日実施分)において、現金にすることにつき特に希望した者はなく、原告が判断した旨供述し、他方、訴外山内は、その証人尋問(第九回口頭弁論期日実施分)において、原告の希望に従って現金にした旨証言する。そうすると、訴外山内が六億円が表に出るのを嫌って現金で六億円を準備することにしたということはありえず、仮に訴外樋上が現金で六億円を必要とするとしても、訴外山内から原告までの間を現金を移動させる必要はないのであって、結局、原告が六億円を現金で訴外山内の所から同樋上の下まで移動させることにした特段の理由はないことになるが、銀行等の金融機関の口座振替等によることなく、このような多額の現金を移動することは不自然であると言わざるを得ない。したがって、原告の本人尋問(第七、八回口頭弁論期日実施分)及び訴外山内の証人尋問(第九、一〇回口頭弁論期日実施分)において、原告と右訴外人が平成四年四月二八日と同年五月八日に各三億円を現金で移動させたと供述する部分は信じがたいというほかない。

6  貸し付けられた金員の使途について

訴外樋上は、証人尋問において(第一六回口頭弁論期日実施分)、原告から二億九一〇〇万円ずつ二回にわたり貸し付けられた計五億八〇〇〇万円余の現金を、受領した日のうちに追証や借入金の返済に充て、銀行には全く入金していない旨証言したが、具体的にどこに対し、どのような名目で、幾ら払ったのかの内訳については、貸借関係を他言しない旨の約束があるから言えないとか金融業をやっている以上言えない等証言している。しかしながら、訴外樋上が貸し付けられたとする金員の使途につき具体的な証言を拒んだことについては、何ら合理的な理由は認められない。そうすると、訴外樋上の右証言の内容が真実であるということはできない。

7  本件各手形の不渡り後の経緯について

(一) 原告は、資力のある訴外イワヲ土地建物株式会社から保証の趣旨で裏書を得たと主張するのであるから(争点4(二)(2)④)、本件各手形の不渡り後に、原因関係である金銭貸借の借主を保証する右訴外人に対し遡求するのが合理的である。にもかかわらず、原告は、訴外樋上の依頼を入れて右訴外人に対する遡求権を行使しなかったとも主張し(争点6(一))、原告も自認するとおり右訴外人に対し遡求権を行使していないので検討する。

この点、原告は、その本人尋問(第七回口頭弁論期日実施分)において、訴外樋上に頼んで資産のある訴外イワヲ土地建物株式会社に保証の趣旨で裏書してもらった旨明確に供述しているところ、その後の尋問(第八回口頭弁論期日実施分)において、訴外樋上に借りがあるので訴外イワヲ土地建物株式会社には請求できないと供述し、さらに、被告島田画廊が本件各手形の裏書人であることは知っていたが訴えは提起していないし、原告訴訟代理人に依頼もしていないと明言するに至った。

しかしながら、原告は、本件各手形を取得する時点で既に訴外樋上に対し借りがあったというのであるから、遡求権を行使できない訴外イワヲ土地建物株式会社から保証の趣旨で裏書を得ることには全く意味がない。また、原告が被告島田画廊に本件各手形に基づき訴えを提起しているにもかかわらず、提起していない旨の供述をした理由については、その後の尋問(第九回口頭弁論期日実施分)における供述によっても理解しうるような説明はされていない。

そうすると、原告が、本件各手形に訴外イワヲ土地建物株式会社の裏書を得た趣旨、原告にとって被告らよりも原因関係上の当事者に近い右訴外人の裏書があるのに遡求しない理由、被告島田画廊に訴えを提起していないと明言した理由のいずれについても合理的な説明がされていないことになる。

(二) 次に、原告は、前記2において認定したとおり、訴外樋上に対して三億五、六千万円の債務を負っていたのであるから、真実六億円の貸付が行われたのであれば、本件各手形が不渡りになって六億円を手形により回収することが困難になったときには、まず、訴外樋上に対し、右債権を自働債権とし、右債務を受働債権として相殺するのが通常である。

原告は、本人尋問(第八回口頭弁論期日実施分)において、この点を問われると、金がないので相殺できない旨の趣旨不明の供述をしており、相殺しなかったことにつき合理的な説明に欠ける。

(三) さらに、原告は、訴外樋上を自ら仕手戦に誘い出し、多額の損失を被らせたことについての道義的責任があったので、手形貸付に応じたと主張するが(争点6(一))、原告の提出した書証(甲五、六号証)及び原告本人尋問の結果(第八、九回口頭弁論期日実施分)、証人山内勝美の証言(第九、一〇回口頭弁論期日実施分)によると、原告は多額の損失を被らせた訴外樋上に対して、さらに、原告の訴外山内に対する六億円の債務につき連帯保証させて、不動産を担保提供させたことになり、原告がいうところの訴外樋上に対する「借り」ないし「道義的責任」の実質的具体的意味が理解困難である。

8  原告の提出した書証の評価について

(一) 原告は、被告レイクから書証の提出を求められて、平成五年二月一〇日に甲四ないし一一号証を提出した。これらの書証は、原告と訴外山内との間の六億円の現金の移動を証するものとして提出されている。これらを原告の主張、原告本人尋問と右訴外人の証人尋問における各供述と照らし合わせて検討すると、両者の説明には食い違いが生じている。

(1) 甲五号証には、約定の利息として年一五パーセントと記載があるが、原告は本人尋問(第九回口頭弁論期日実施分)において、約定どおりの記載であると供述したが、訴外山内は証人尋問(第九回口頭弁論期日実施分)において、実際の約定は記載とは異なると証言している。

甲六号証については、訴外山内の取得した経緯について、原告は本人尋問(第九回口頭弁論期日実施分)において、原告、訴外山内及び同樋上が話し合って、訴外樋上が作成し同山内に手渡したと供述したが、訴外山内は証人尋問(第一〇回口頭弁論期日実施分)において、話し合いの後に原告が持参したと証言している。

これらの書証は、いずれも原告と訴外山内はその作成過程及び内容を熟知している性格のものであるにもかかわらず、右のような齟齬が生ずるのは不自然である。

(2) 甲七ないし九号証については、原告は本人尋問(第八、九回口頭弁論期日実施分)において、原本かコピーかははっきりしないが訴外山内から直接借りた旨供述しているが、訴外山内は証人尋問(第一〇回口頭弁論期日実施分)において、原告に原本を渡せないから自ら原告代理人の元に持参したと証言しており、いかなる経緯で書証として提出されたかが明らかでない。

甲一〇、一一号証については、既に判断したとおり、原告の主張と訴外山内の証言とは完全に異なっており、いかなる経緯で書証として提出されたかは明らかでない。

これらの書証はいずれも原告が提出したものであるにもかかわらず、その入手ないし提出の経緯が明らかでないのは不自然である。

(二) 原告は、甲一六ないし一九号証(枝番号を含む。)を平成五年七月二〇日に提出した。

しかし、これらは本来同年二月一〇日に、甲四ないし一一号証とともに提出が可能と考えられ、同時期に提出しなかった理由が明らかでない。

(1) 甲一六号証については、原告は本人尋問(第七回口頭弁論期日実施分)において、訴外山内から六億円を借り入れるに際して、甲七ないし九号証と訴外株式会社難波工務店の株式を担保に差し入れたが、他に書類は渡していないと明言していたが、右供述後に提出されたものであり、その作成時期について疑義が生ずる。他方、差し入れたという右株式については書証として提出されていない。

(2) 甲一七号証の1ないし11は、原告が訴外山内に支払った利息の領収書として提出されており、その記載から月額六〇〇万円ないし六六〇万円(三か月分で二〇〇〇万円)で年額七二〇〇万円になるが、右書証の提出前に原告は本人尋問(第七回口頭弁論期日実施分)において、月三分の利息で月額一八〇〇万円、年額二億円になると供述していた。しかしながら、この差額が生じたことに関しては何ら説明がされていない。

(3) 甲一八号証は、原告が平成四年六月以降利息を払っているとして提出した通帳であるが、右(2)の差額の説明がつかない以上、その記載が利息の支払いだという裏付けはない。

(4) 甲一九号証の1・2は、訴外樋上が原告から貸付を受けた時に発行した領収書として提出されたが、右書証の提出前に原告は本人尋問(第七回口頭弁論期日実施分)において、一方で原告代理人の質問に対して領収書を渡していないことを前提として供述し、他方で渡したか覚えていないとも供述しており、明確に答えていない。しかしながら、この領収書は、貸付が実行された際に原告が受領すべきもので、訴訟提起前から原告が所持しているはずのものであり、本件各手形の原因関係である六億円の手形貸付が被告らにより否認されるや直ちに提出されるべきものであって、原告がその存否を忘れるような文書ではない。また、これが原告本人尋問開始後にその存在を尋ねられてから提出されるとすれば、合理的な理由が必要である。したがって、この領収書の存否について、原告の主張するような、手形貸付であったから手形と振出確認書を重視していて失念したという説明では、右の合理的理由とはいえない。

そうすると、これらの書証は、原告の主張を支持する証拠としては採用しがたいのであって、かえって、その提出時期等を考慮すると原告の主張する事実の不存在を窺わせるものである。

9  まとめ

以上1ないし8で判断した諸点を考慮すると、訴外樋上から原告への本件各手形の譲渡については、原告の主張するような原因関係は存在しなかったと認められ、また、本項の冒頭に述べたような原因関係が存在したことを窺わせるような証拠もない

四  したがって、原告は、何らの原因関係に基づくことなく本件各手形を取得し、自己の形式的権利に基づいて、本件訴訟を提起しているところ、前記一ないし三において認定した各事実を併せると、訴外樋上は、被告らが訴外ニチドら(同樋上)に対して有する前記手形抗弁の対抗を回避することを目的として、本件各手形を原告に交付して、本件訴訟を提起させたものと認められる。そうすると、訴外樋上から原告への本件各手形の譲渡行為は、訴訟行為をさせることを主たる目的として財産権の移転その他の処分をすることを禁じ、これに違反する行為を無効とする信託法一一条により無効であるから、原告は本件各手形について手形上の権利を取得することはない。

よって、その余の点を判断するまでもなく原告の請求にはいずれも理由がないから、前記手形判決を取り消し、原告の請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官永井裕之)

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